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アリカワブログ

アラサーおっさんアリカワシュウヘイ。ニートでメンヘラやってます。好きな時間に好きなことを綴るだけ。アニメ、小ネタ、鹿児島情報、レビューなど。どうぞごゆっくり。

ポケモンサンムーンで思い出した緑・青の頃の過去の思い出〜ACアダプター編〜

日記
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ACアダプター編と書いておいて今回読み切りなんですけど、これを執筆している時、ニンテンドー3DSでポケモンサンムーンとかいうのが流行っているそうで。

夏に流行ったポケモンGOのときも思いだしたのですが、その時は記事にしませんでした。

今回はポケモンといえば、という懐かしいお話を書いてみたいと思います。

完全に自分語りなので攻略情報なんかを求めて来た人はごめんなさい。

初代ゲームボーイを持っていたアラサー以降?の人なら懐かしい描写があるかも知れません。

初代ポケモン+初代ゲームボーイ=電池バカ食い

ポケモンが悪いわけじゃないです、初代のゲームボーイが悪いのです。

 

皆さん、以下の画像のゲーム機を覚えていますか?その後カラーやポケット、アドバンスなどが出ましたよね。

当時はこの白黒画面に単三電池を4本も入れてちまちまゲームをやっていまいたよね。

電池の持ちの悪いこと悪いこと。

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ゲームボーイ - Wikipedia

段々画面が薄くなっていき電池の減りに気付いて焦ってセーブするなんてこともありましたよね。

ポケモン赤と緑が発売されたのが96年2月らしいので、86年生まれの僕が9歳の頃ですかね。この古いゲームボーイで遊びまくってました。

バグでミュウを出したり、通信ケーブルで友達と交換したり、楽しかったなぁ…(今ではそんな友達はいない)

ちなみに僕は当時は東京に住んでおり、碑文谷のダイエーに入ってるおもちゃ屋さんかゲーム屋さんで買ってもらいました。懐かしい。

 

そんな頃のお話。

 

体が弱いNくんに借りたACアダプター

上でも書いたのですが、当時のゲームボーイは本当に電池持ちが悪く、お小遣いで何度も何度も電池を買えるほどゲームにお金を使えませんでした。(ちょうどその頃はミニ四駆など色んなものにお金を使っていましたし…)

ミニ四駆で使った電池を流用したり、カーペットにこすり付けて復活させようとしたりね、みんなあの頃やっていたと思います。

 

で、僕はサッカーをやっていたのですが、同じサッカー少年団に体の弱いNくんがいました。

彼はサッカーの練習もそうですし、学校にすらあまり来ることが出来ない子でした。

そんな彼は頻繁に入院をするからと、病院でゲームが出来るようにゲームボーイのACアダプターを持っていました。

↑こんなやつ。 

調べてみたら当時の価格で1500円。

決して高くないものでしたが、ゲームボーイ=外で遊ぶもの、スーファミやプレステ=家で遊ぶもの、という感じだったので、Nくんが我が家に遊びに来てACアダプターを持ってくるまでACアダプターの存在すら知りませんでした。

 

そんなNくんの持っているそれが僕にはとても羨ましく、また、僕の家に遊びに来ている=入院するくらいの体調じゃないと思った僕は、彼にそのアダプターを貸してくれと頼んだのでした。

入院中にたくさん遊んでゲームボーイに飽きたと言っていた(気がする)彼は、それを僕に貸してくれたのです。

 

返してこい、と両親に言われた

さて、そのアダプターは僕にとって魔法のようなものでした。

電池の心配をしないでずっと遊べるのですから。

彼が帰った後もアダプターに繋いで一人で遊んでいると、父親が帰ってきました。

当然、息子に買った覚えがないものなので、僕に問いただします。(母は借りたことに気付いてなかったのか口を出さなかったのか分かりません)

正直にNくんから借りたと言った僕。

サッカー少年団の試合の応援に来たりする父だったので、当然Nくんの具合のことも知っています。

 

「もしもだよ、Nくんが急に病気になって入院してそのアダプターが無かったらどうする?今は元気だ、もうゲームボーイに飽きたと君は言ったけど、じゃあ君が入院することになってゲームボーイの電池が無くなったらどうする?困るよね?」

 

的なことを父親に言われ、ハッとした僕。

母親と一緒にNくんの家に返しに行くことになりました。

 

その数日後、父親がいつも通り帰ってきたと思ったら手には新品のACアダプターが。

 

良い話なのか何なのか分かりませんが…

そんなACアダプターをめぐるお話をポケモンという単語を聞くと脳裏をよぎります。

父親の言ってたことは尤もだったしなぁとか。

今から20年くらい前の話ですね、懐かしい。

僕は中学から父親と別々に住んでおり、父親像みたいなものが小学校までで止まっています。だからでしょうか、未だにそのことを鮮明に覚えています。

その時の会話が良い話かどうかは置いておきまして、親子のコミュニケーションって大事だよなぁと改めて思った次第で御座います。

そんな懐かしい思い出に浸りつつ、最近十数年ぶりに同居(正確には数メートル離れた場所に住んでいる状態ですがw)することになった父親ともっとコミュニケーションを取っていかないとなぁと思いました。

 

↓Amazonで評判の良かった親子コミュニケーションの本でも貼っておきますね。

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