アリカワブログ

アラサーおっさんアリカワシュウヘイ。ニートでメンヘラやってます。好きな時間に好きなことを綴るだけ。アニメ、小ネタ、鹿児島情報、レビューなど。どうぞごゆっくり。

島崎藤村「破戒(まんがで読破)」を読んだ感想。差別の実態を知りやるせなく。

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普段滅多に本を読まないのですが、AmazonのKindleにて島崎藤村の破戒のまんがで読破版が40円くらいで出ていたので読んでみました。

破戒は青空文庫なんかでも読めます。

まんがで読破シリーズは僕のように活字が苦手、国語が嫌いな人でも分かりやすくスーッと内容が入ってくるのでオススメ出来ます。

今回はその破戒についての感想やこの本の主題の差別問題について思ったことなどを書いてみたいと思います。

被差別部落問題に対する僕の認識

まず先に自分のスタンスというか立ち位置を書いておきたいと思います。

僕は幼稚園から小学校の7年くらい都内、その後北海道へと移り住み、義務教育の間はほとんど被差別部落というものについて関わることがありませんでした。

都内の学校もそうですし、北海道では一応アイヌの歴史なんかを学びましたが、この破戒のような被差別部落というものに関しては大人になってから知りました。

 

一人暮らしでネット環境を手に入れて一時期その問題について深く知りたくなり色々調べることはあっても、情報だけは手に入れても実際にそのような方々と触れ合う機会も無かったですし、実際に他人から教育を受けていません。

 

しかし一方で、僕の両親、その先祖はずっと昔の身分階級でいう士族でした。

身分制度が無くなった両親の世代にもまだ当時の習慣のようなものが残っていたようで、うちの両親は士族同士のお見合い結婚だったようです。そのような話は僕が中学か高校の頃くらいから何度か聞かされたことがあります。

僕自身はそのような話を聞いて「面倒くさいな」「好きな人と恋愛で結婚出来ないのか」くらいの印象を持っていましたが、そういう話を聞かされるということはある意味で身分制度に関する教育(?)を受けて来たのかも知れません。

僕はもちろん、両親も特に身分に関しては差別意識も無いですが、祖父母の世代になると偏見こそなくても、未だに士族というものにプライドのようなものを持っているんだろうなぁと感じます。

さて、そんな環境(基本的に無知)で育った僕が今回破戒を読んでみた感想を続けていきます。

 

平等とは形だけの建前。やるせない気持ちに。

本編は士農工商の身分制度が廃止された時代のお話です。

それにも関わらず、被差別部落が出自の主人公は身分を隠して生きていき、いざ出自が周りに知れ渡ると差別を受けてしまいます。

身分制度がなくなり平等になった社会においても差別されてしまう、悲しい話ですね。

 

そもそも出自を隠して生活していかなくてはならないこと自体がおかしな話です。

当時の世の中ではそうするしか無かったのでしょうが…堂々と生きていけない主人公を取り巻く環境にやるせなさを感じました。

望んでそういう出自で生まれてきた訳でもないのに、いや寧ろたとえそのような出自を望んで生まれてきたとしても絶対に差別はあってはいけないはず。

現代のいじめ問題にしてもそうですし、士農工商があった時代にしてもそうですし、いつの時代も自分より下の立場の人間を作って自分を優位に立たせようとする人間に醜さというものを感じ、ただただ悲しい気持ちになりました。

現代においては出自における差別というものはほぼ無くなってはいるものの(残っている地域もあるかも知れません)、未だに人種差別などが行わることもあります。

当事者意識もなくこのように書いている自分も海外に行ったりすれば人種による差別を受ける可能性もあります。

改めてこの本を読んだことで僕自身は誰に対してもフラットに接したいと思いました。

 

しかし、昔から続いてきた差別というものは多分今後もずっと無くなることは無いと思います。

 

現代の最低身分ニートの自分

この本の当時は既に平等であるべきだと言われていた時代ではありますが、主人公は差別を受けてしまいました。

さて、現代社会では職業に貴賎なしと言う職業、他にも性別や人種による差別はされるべきではないと言われています。

しかし僕は執筆時点でニートと一般的に言われている存在です。出自とは関係ありませんが、仮に今の世の中に身分制度があるのだとしたら間違いなくヒエラルキーの下の方です。職業に貴賎はなくてもそもそも職業に就いていないのですし。

 

そんな自分ですが、差別どうこうは置いておいて、何かやはり自分自身に自信がなく、いわゆる自己肯定感が低い状態で、どうしても世間の目を気にして卑屈になってしまう部分があります。

そして、自分がニートであること(に加えて精神疾患を抱えていること)は両親と姉家族、友人数人しかリアルでは知らず、親戚などには隠している状態です。

なので、立派に差別と立ち向かっていく主人公と比べてはいけませんが、主人公が出自を隠して生きていた頃のモヤモヤしたというか何とも言い難い感情は多少は分かるかも知れません。

諸々の事情で親戚に現在の自分の状況を打ち明けることが出来ないの現状なので、この主人公が皆に出自を公開する場面を見て強い人間だなぁと思ったり、言い方は悪いですが「羨ましさ」のようなものも感じてしまいましたし「楽になりたい」と思わされました。まぁ無理なんですけどね…。

 

おわりに

最近では「マウントを取る」など直接的な差別とは言わずとも上下を作りたがる人がいます。自分も常に誰に対してもフラットに接したいと思って生きていますが、知らず知らずにそのようなことを無意識にしている可能性もあります。

人間が生きていく以上、このような問題は大きさは問わなくても無くなっていくことは難しいと僕は感じます。

しかし、一人ひとりが少しでも誰にでも平等に、という考えを意識していくことで少しは救われる人もいるのでは、と思います。

難しい問題ではありますが、少なくとも僕自身は今まで以上に誰に対しても平等に生きていきたいと思いました。

有名な本なので読んだことがある方が多いとは思いますが…読んでみて良かったなぁという一冊でした。まだ読んだことが無い方は読んで色々と考えてみるのも良いかも知れません。

 

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