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中村・毛利・高橋・羽生名人!80年代生まれが子供の頃に活躍した名人多すぎ問題!

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2017年6月、将棋界のホープ、藤井四段が29連勝という驚異的な記録を打ち立てました。中学生なのにスゴイですね。

将棋の話をテレビで見ていると、時折聞こえてくる「名人」という言葉。

名人と聞くと、86年生まれの僕からすると他の名人たちを連想してしまいます。

僕らが子供の頃って、色んな「名人」が多くなかったですか?

今回はそんなかつて一世を風靡した名人たちを取り上げて懐かしい気分に浸ってみましょう!

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高橋名人(ゲーム)

僕たち86年世代より少し上の世代の方々は「名人」といえばこの方なのではないでしょうか。僕らが生まれた頃には既に活躍していたっぽいですが、僕らが子供の頃もまだ彼の影響はあった記憶があります。

 

「16連射」でお馴染みの高橋名人、プロゲーマーの先駆者的存在の彼は今はe-sports推進機構の代表理事をしているそうです。

16連射/秒ってスゴイですよね。ファミコン・スーファミ世代の僕らの年代の方は16連射を真似したことが一度はあるはず?!

僕も16連射は真似をしました。ボタンを押す感じではなく、親指と人差指でOKサインを作るような形にしてその指先でボタンを擦る感じ。懐かしいですね。

僕的には後述する他の名人が僕の中の名人ではありますが、高橋名人も影響を受けた一人の名人です。

 

高橋名人といえば「ゲームは一日一時間!」など子供に向けた名言を残していますが、当時はゲームは子供が遊ぶものだったんですよね。(今も昔も大人も遊んでいたのでしょうが当時より現在の方が大人向けのゲームが増えた気がします)

僕もその頃は大人になってゲームをするとは思っていませんでしたw

 

毛利名人(ゲーム)

高橋名人といえば毛利名人。ライバル的存在だった毛利名人は高橋名人を語る時に絶対にセットで名前が出てくるような人物ですよね。

彼も高橋名人と同じく86年生まれの僕より少し上の世代の方々にドンピシャで若干僕はズレてはいるのですが、姉の友達とかから「高橋名人・毛利名人」の話はよく聞かされていました。

高橋名人は数を打って毛利名人は命中率が凄い、みたいな。

実際に当時は「力の高橋、技の毛利」とも言われていたそうです。

どうしてもキャラクター的に高橋名人が強すぎて地味な印象の毛利名人ですが、当時は僕は高橋名人より職人気質っぽい毛利名人の方に心を惹かれていた記憶があります。

他にも色々当時は「名人ブーム」というものがありゲーム会社毎に名人がいたそうですが、僕がハッキリと覚えているのは高橋・毛利両氏ですね。

 

羽生名人(将棋)

さて、ここから2人が僕ら86世代にドンピシャのお二人じゃないでしょうか。

まずは将棋の羽生名人。

「とんでもない天才」という印象があります。

96年に7冠ということで僕らが小学3年の頃ヒーロー扱いされていたのは今でも覚えています。ちょうどその頃、自分も父と将棋をして遊んだりしていたので尚更。

自分の中の「絶対王者」って、やっぱり負けたりして欲しくないし、衰えて欲しくないですよね。

今これを書いている時は中学生の藤井四段が世間を沸かせていますが、公式戦では羽生名人が連勝をストップさせてくれることを心のどこかで願っていたりします。(非公式では一度戦っていましたが←連勝ストップは佐々木さんという方になりました。)

 

中村名人(ヨーヨー)

さて、僕らの小学校の頃に流行ったものといえば、「ハイパーヨーヨー」「ミニ四駆」ですよね。

そのハイパーヨーヨーの名人であったのが「中村名人」です。

コロコロを読んでいた当時は小学生たちのヒーローでしたよね。漫画になったり。超速スピナーを読んでいた人も多いのでは?

一緒に活躍していた「アレックス・ガルシア」も懐かしいですね。

今も一応ヨーヨー関係のイベントに出たりしているようです。

ヨーヨーといえば、ブームの頃に外でヨーヨーをしていて、糸が切れて転がっていき、車に轢かれて壊れたという苦い記憶がwあれは大泣きしましたねぇw

 

番外編

さて、名人を挙げましたが、他にも名人クラスに活躍した人も挙げてみましょう。

 

ミニ四ファイター・メカニックマン

彼らは「名人」と呼ばれてはいなかったものの、当時活躍していた「名人」と同じくらい子どもたちの憧れの存在だったと記憶しています。

スーパーファミコンのソフトにミニ四駆のゲームがあったのですが、そこにも彼らが出てきたことを覚えております。

現在僕らの世代やその上の、当時のミニ四駆ブームの子どもたちが、大人になってから好きなパーツを買ったりしてハマッているとか。僕もお金があったらハマりたい趣味ですね。

 

H師匠

ごめんなさい、これ完全に個人的な話です。

僕は小学生の頃にサッカーをやっていたのですが、そこにやってくるHさんという青年がおりました。ちゃんと監督やコーチもいたのですが、何故か出入りしていた謎の人物です。一応コーチのような感じでサッカーを教えてくれてはいました。(上手いし良い人だった)

あだ名は「師匠」。名人ではないのですが、僕らのサッカーチームの中では当時の名人クラスに尊敬されている存在でした。

そんなH師匠、大人になってから親から聞いたのですが、今で言うただのニートだったとか。(現在の僕みたいですね!)

凄い家柄で育ったらしく、一人だけ落ちこぼれたとかでニートになってしまい、子供たちとサッカーをすることが楽しみだったとか。

真面目な青年かと思いきや、大人に対してはすごく態度が悪く、僕らの保護者からはものすごく嫌われていましたねw多分ただのコミュ障なんでしょうが。まぁいつも小学生のサッカーに顔を出すニートとか今の時代だったら通報されても仕方ないですしねw

僕は中村名人や毛利名人、高橋名人、羽生名人の名前を耳にすると、必ずH師匠のことが脳裏をよぎるんですよね。それくらい僕に影響を与えた人物でした。

 

おわりに

「名人」多すぎないですかね?という話から最後は思い出話になってしまいましたが、藤井四段をきっかけに色々と昔を思い出すことが出来て良いきっかけになりました。

H師匠は今何をしているんだろうw40後半から50代だと思うんですが…元気にしてたらいいなぁw

そんな感じで86年生まれの僕世代が懐かしいかつての名人の話でした。

 

昔書いた今回の記事に関連があるものを貼っておきます。

▼86年世代の人物たち▼

【祝30歳】1986年(昭和61年)世代の有名人を紹介!【これからが旬】

▼懐かしいものたち▼

アラサー世代が涙なしには見れない懐かしい画像11選 

 

▼性能は違うんでしょうが、当時使っていた「ファイヤーボール」が今も売っているみたいです。懐かしい。▼

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